全国に330施設以上の有料老人ホームを運営しているベネッセスタイルケアの社内シンクタンク(研究機関)である「ベネッセ シニア・介護研究所」の研究員が、介護に関する調査・研究のトレンドや最新情報など、介護現場で活躍されている方に向けて、役立つ情報を発信する連載コラム。第4回目の本記事では、介護現場における意思決定支援についてわかりやすく解説します。
私たちの日々の生活は、意思決定(決断)の積み重ねで成り立っているといえます。今日は何を着て出かけようか、ランチは何を食べようかなど、ささやかな喜びを生み出すことから、体の負担が大きい手術をするかどうかなどの重くて難しいことまで、私たちはあらゆる場面で意思決定をしています。
意思決定をするためには目の前の情報を理解し、それを自分のことに置き換えて考え、自分の状況や思いに照らし合わせて選択し、決断したことを相手に伝えなければなりません。しかし、加齢や認知機能の低下のために、決断することが難しくなる場合があります。
今回は、高齢者の意思決定を支援するために、周りの人が気を付けるべきポイントについてお伝えします。
意思決定の質が低下していたり、意思決定することが難しい方に対しては、支援が必要です。もちろん支援に際しては、大前提としてご本人の意思決定は尊重されなければなりません。
厚生労働省は、意思決定を尊重し、支援するための各種ガイドラインを出しています。高齢者に関係があるものを策定時期の順にご紹介します。
いずれのガイドラインも本人への支援は、ご本人の意思(自己決定)の尊重に基づいて行う旨が基本的な考え方として挙げられています。これらのガイドラインでは、ご本人の意思決定の支援に、介護従事者やケアチームが重要な役割を果たすことが期待されています。ぜひ意思決定支援の際に参考にしてみてください。
(括弧内の日付は策定時期)
意思決定支援に関わる中で、一般的に不合理と思われる選択をご本人がされた場合、戸惑うこともあるでしょう。しかし、不合理な意思決定であっても、その方の意思は尊重することが前提です。この場合、ご本人の「これまでの生き方」や「経験」を知り、なぜその選択をしたのかの理解に努めましょう。
ただし、身体的に危害が及ぶような意思決定の場合には、ご本人、ご家族、多職種で十分に話し合い、ご本人の意思よりも福祉的な配慮を優先しなければならない場合もあります。
その方が生きてこられた背景や経験などを加味しても理解できなければ、下記のようなアプローチでその方の想いを紐解いてみましょう。
ご本人の価値観や経験から導かれたとはいえない不合理な意思決定であった場合には、精神状態(例えば抑うつ状態など)、意識状態(例えばせん妄状態など)や認知機能などの状態にも影響を受けている可能性がありますので、精神状態が安定しており、意識が清明な時に、理解が進むよう手助けしながら、あらためて意思をお尋ねすることが大切です。
ご本人から周囲に自分の意思を伝えることが難しい場合には、その理由を考えます。よく聞こえて、よく見えるように、補聴器や眼鏡を使用していただきます。また、身近な言葉に置き換えて説明をしたり、簡単なイラストを添えたりして、わかりやすく説明します。
「どうしたいですか?」と開かれた質問をせずに、少ない選択肢から選んでもらう方法もあります。それでも難しい場合には、「はい」「いいえ」で答えられる質問に変えてみます。その際、どんな質問でも「はい」とお答えになる場合には、同じ内容でも「はい」「いいえ」の答えができる質問に変えて確認するようにします。
論理的に破綻している場合は、その返答が必ずしもご本人の意思を表明しているとはいえない可能性があるため、注意が必要です。
例えば「寝ていたいですか」という質問に対し、「はい」と答えたにも関わらず、次に「起きていたいですか?」の質問にも「はい」と返答したときなどは、タイミングを変えるなど別のアプローチを試したほうが良いかもしれません。
ご本人が意思決定できないときには、だれが自分の気持ちを一番よく知っているかをご本人に尋ね、その方(ご家族になることが多いと思います)がご本人の気持ちを推測して代わりに意思決定します。
しかし実際には、ご本人の思いはご家族だけが知っているものではありません。日々の介護をしているスタッフ、リハビリテーションのセラピストやかかりつけ医などに対して発せられる言葉や態度などにもご本人の思いは現れています。そのため、日頃からご本人の言葉や態度を書き留めておき、多職種やご家族と共有し、代わりに意思決定する方とともに考えることで、ご本人の意思に一層近づくことができるでしょう。
自分で物事を決めることは、自分の人生を歩んでいるという実感を生み出します。ご本人の意思を尊重することは、「その人らしく生きること」を応援することになるでしょう。またもしもの時にも、自分の意思は尊重されると、周囲に対して信じられることが、ご本人の心のよりどころにもなります。その実現のためには、周りの人が本人の意思を書き留めておき、決断の時に振り返れるようにしておくことが大事です。これは日頃のアドバンス・ケア・プランニング(※)にも活かすことができるでしょう。
※アドバンス・ケア・プランニング=もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて、前もって考え、繰り返し話し合い、共有する取組(『厚生労働省 「人生会議」してみませんか』より)
参考文献
※1 Mather M & Carstensen LL. Aging and Motivated Cognition: The Positivity Effect in Attention and Memory. Trends in Cognitive Science, 2005; 9: 496-502.
※2 Charles ST, Mather M, Carstensen LL. Aging and emotional memory: The forgettable nature of negative images for older adults. Journal of Experimental Psychology, 2003; 132:310-324.
※3 Mather, M. (2006). Why memories may become more positive as people age. In B. Uttl, N. Ohta, & A. L. Siegenthaler (Eds.), Memory and emotion: Interdisciplinary perspectives (pp. 135–158). Blackwell Publishing.
※4 Henninger DE et al. Processing speed and memory mediate age-related differences in decision making. Psychol Aging, 2010; 25(2): 262-270.
※5 Deakin J et al. Risk taking during decision-making in normal volunteers changes with age. Journal of the International Neuropsychological Society, 2004; 10(4): 590-598.
介護アンテナ編集部Kaigo Antenna Editorial Department
プロフィール
株式会社ベネッセスタイルケア運営の介護アンテナ。編集部では、ベネッセの25年以上にわたる介護のノウハウをはじめ、日々介護の現場で活躍している介護福祉士や介護支援専門員(ケアマネジャー)、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの高齢者支援のスペシャリストたちの実践知や日々のお仕事に役立つ情報をお届けします!
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