この記事では高齢者の食事について、1日に必要なエネルギー量や献立の考え方、高齢者が食べやすい(飲み込みやすい)調理方法や調理時の注意点について詳しく解説いたします。食べにくい(飲み込みにくい)食材についてもご紹介していますので、ご家庭や介護施設でお役立てください。
高齢になってもいつまでも元気で若々しくありたいものです。最近は高齢者といえども食事や運動に気を使い、はつらつとしている方を多く見かけるようになりました。とても良いことだと思います。
そうはいっても高齢になってくると、誰しもからだが少しずつ衰えてきます。お元気な方もいらっしゃる一方で、若い頃に比べて「たくさん食べられなくなった」「かたいものが食べにくくなった」「食事の準備が億劫でパンと牛乳で済ませている」などの声も聞かれます。そのような状態が続くと栄養不足になり、ますますからだが弱ってしまいます。
食が細くなっても仕方ない、と考えず、高齢者に適した食事の内容を理解し、実践してみましょう。個人差がとても大きいのが高齢者。個々の身体の状況や、消化力、噛む力、飲み込む力などに合わせて食べやすく工夫することが大切です。
厚生労働省が作成している「日本人の食事摂取基準」には、日本人の健康の保持・増進、生活習慣病の予防のために望ましいエネルギーや各種栄養素の摂取量の基準が示されています。
本記事の必要エネルギー量や各栄養素の数値は厚生労働省が発表している「日本人の食事摂取基準(2020年版)」を基に記載しています。
参考リンク厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」
2020年版では高齢者の年齢区分が65歳~74歳と75歳以上のふたつに分けられました。高齢者の場合、消費するエネルギーは若い頃と比べて減りますが、たんぱく質やそのほかの栄養素の必要量はそれほど変わりません。
また、高齢者は個人差も大きく、何らかの疾病を持っている方も多いため、年齢だけでなく個人の特徴に十分に注意を払うことが大切になってきます。
エネルギーの必要量は年齢や体格、活動量により個人差が大きくなります。「日本人の食事摂取基準」では、基準となる体格をもとに、3種類の身体活動レベルに分けて算出されています。自分に合った適量を知ることが大切です。
エネルギー量がちょうど良いかどうかは「体重」にあらわれます。肥満度を表す指標として国際的に用いられている体格指数BMI(※)で、目標とされる範囲内であればちょうど良いエネルギー量だということになります。
※体格指数BMI:体重(kg)÷身長(m)の2乗で求められる数値
高齢者については、フレイルの予防及び生活習慣病の発症予防の両者に配慮する必要があることも踏まえ、厚生労働省の指針では当面目標とするBMIの範囲を21.5〜24.9としています。
介護用語集フレイルの用語解説
体格から見た1日のエネルギー量を計算してみましょう。
例:Aさん 女性/年齢80歳/身長150㎝/身体活動レベルは「低い」/BMIを22に設定した場合
計算式:目標体重(kg)=身長(m)×身長(m)×BMI(この場合は22)
Aさんの目標体重kg=1.5m×1.5m×22=49.5kg
下記から活動レベルにあわせた体重1kgあたりの必要エネルギー量を確認しましょう。
Aさんは80歳、身体活動レベルは低いことから、体重1kgあたりの必要エネルギー量は29kcalになります
①で出した目標体重と②で出した体重1kgあたりの必要エネルギーを掛け合わせて、1日に必要なエネルギー量を出します。
Aさんの場合:目標体重49.5kg×体重1kgあたりの必要エネルギー29kcal=1435kcal/日
栄養素の中でも体を動かすエネルギー源となる「炭水化物」「脂質」「たんぱく質」を三大栄養素といいます。
食事摂取基準では、脂質または炭水化物の必要量は、総摂取エネルギーに占めるそれぞれのエネルギーの割合で示されています。
※1小柄な方や加齢に伴い身体活動量が大きく低下した方など、必要エネルギー摂取量が低い場合に、下限が推奨量を下回る場合でも推奨量以上の摂取が望ましい。
※2おおむねの範囲であり弾力的に運用する。
たんぱく質の必要量は体重1kgあたり1g~1.2g程度と覚えておくと便利です。摂りすぎは内臓に負担がかかりますので注意しましょう。脂質や炭水化物はエネルギーを1600kcalとした場合、脂質は35~53g、炭水化物は200g~260gが目標量となります。
食物繊維は炭水化物の仲間で人の消化酵素では消化されません。そのため、以前は食べ物の残りカスと考えられ、栄養素として評価されていなかったのです。
ところが近年になって、腸内環境を整えて便秘を改善したり、生活習慣病予防に役立つことがわかってきました。今では「第6の栄養素」と言われるようになっています。
高齢者が不足しがちな栄養素でもあります。野菜やご飯などを中心に様々な食品からバランスよく摂るようにしましょう。
食事摂取基準ではビタミン13種類とミネラル13種類が掲載されていますが、ここでは主なビタミン9種類とミネラル5種類の基準値をお伝えします。
ビタミン・ミネラルの食事摂取基準(抜粋)
高齢者の食事で不足しがちなのがカルシウムとビタミンDです。これらは骨や筋肉を作る役割があるため不足すると筋力の減少や転倒、骨折のリスクが高くなるといわれていますので意識して摂取したいものです。
逆に摂りすぎに注意したいのがナトリウムです。これは「食塩相当量」(食品に含まれるナトリウムを塩化ナトリウム=塩に換算した値)で示されています。ほかの栄養素と違って不足や欠乏が問題になることがない代わりに、摂りすぎが高血圧などの生活習慣病のリスクになるため気を付けましょう。
「栄養素が●●mgくらい必要なんだな」と分かっても、実際には私たちは食品やそれを使った料理などからエネルギーや栄養素を摂取しています。1種類の栄養素で成り立つ食品はありません。
例えば、炭水化物のイメージが強いご飯も、たんぱく質や脂質、ビタミンB1や食物繊維など様々な栄養素が含まれています。ですが、食品ひとつひとつについて、「これはたんぱく質が●g、ビタミンB1が●mg」などといった、細かい計算をして食事を作ることは面倒で難しすぎますよね。
では、1日にどんな食品をどのくらい食べればエネルギーや栄養素が充足するのでしょうか?
多種多様な食品を体内の栄養素の働きでグループ分けしたものを「食品群」といいます。3つ、4つ、6つなど分け方はいろいろありますがそれぞれのグループからまんべんなく選んで食べれば必要な栄養素が過不足なくとれます。使いやすい食品群や料理群で実践してみましょう。
食品が持つ栄養素を体内での働きによって6つのグループにわけたものが6つの基礎食品です。それを分かりやすく3色でわけたものを三色食品群といい、小学校などで親しまれ、分かりやすいのが特徴です。これらをまんべんなく食べれば栄養素は充足します。
どれだけ食べればよいのか?は示されていないので特にエネルギー源になる食品についてはあらかじめ理解しておきたいものです。
※農林水産省「栄養素と食事バランスガイドとの関係」を基に作成
※文部科学省「中学生用食育教材「食」の探究と社会への広がり」を基に作成
参考リンク文部科学省「中学生用食育教材「食」の探究と社会への広がり」
4つの食品群は女子栄養大学の創設者の香川綾先生が考案したもので、前述の3つの食品群に、第1群として卵や乳、乳製品を加えています。
これらは日本人に不足しがちな栄養素を含み栄養バランスを完全にするので毎日欠かさずとりたい食品群として示されています。この4つの食品群を使った四群点数法という食べ方は1点を80kcalとして計算し、1群から3群はそれぞれの3点ずつ食べ、4群は個々の必要量によって点数を増減するという食べ方をします。
このため栄養バランスとともにカロリーコントロールもできるということが特徴です。
※女子栄養大学「健康をつくる食事プランのきほん」を基に作成
「何を」「どれだけ」食べたらよいかをわかりやすくコマのイラストを用いて示したのが食事バランスガイドです。
この食事バランスガイドでは毎日の食事を「主食」「副菜」「主菜」「牛乳」「乳製品」「果物」の5つの料理グループに区分し、区分ごとに「つ(SV)」という単位を用いて1日の目安が示されています。単位を「食品」でなく「料理」で示しているのでわかりやすく実践しやすいと思います。
※農林水産省「シニア世代の健康な生活をサポート 食事バランスガイド」を基に作成
参考リンク農林水産省「シニア世代の健康な生活をサポート 食事バランスガイド」
一般的な家庭で1日の必要エネルギーや栄養素量を摂れるような献立を毎日実現するのは難しいと思います。
しかし栄養士が献立を作成するときには、1日の必要エネルギーや栄養素量から、主食、主菜、副菜の分量をあらかじめ決めて献立を作ります。その分量を目安として覚えておけば、毎日の食事や外食、中食でも食べる量をコントロールしやすいと思いませんか?
高齢者の1食分のおおよその分量を下記に掲載しましたので、ぜひ食事作りの際に参考にしてください。
参考リンク介護職は知っておきたい高齢者にとっての食事の意義・必要性
高齢になるにつれ、歯が減ったり筋力が弱まったりすると、食べる機能(噛む、飲み込む)が弱くなってきます。「今まで食べられたから」「握り寿司は好きだから食べられるはず」などの思い込みで口にしてしまうと、思わぬ誤嚥や窒息などを起こしてしまう危険もあり注意が必要です。
とはいえ、すぐにおかゆやきざみ食、ミキサー食にするのではなく、まずはいつもの食事を見直したり工夫することから始めてみましょう。
まずは食べにくい食べ物を知っておきましょう。買い物や外食でも役立ちます。
食べにくい食べ物を避けるばかりだと栄養が偏ります。「やわらか、まとまり、一口サイズ」の料理を作るためのポイントをお伝えします。
高齢者の食事や栄養はただ寿命を延ばすためだけのものではなくなってきました。エネルギーやたんぱく質を積極的にとって体を作り、食べる機能を補うような食事で生活の質を維持しエネルギッシュに楽しく生活していきましょう。
<参考文献>
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書
農林水産省「栄養素と食事バランスガイドとの関係」
女子栄養大学「健康をつくる食事プランのきほん」
農林水産省「食事バランスガイド」について
厚生労働省 e-ヘルスネット
健康長寿ネット
書籍:中村育子 知っておきたい高齢者の食と栄養 一般社団法人医療経済研究・社会保険福祉協会 2018
書籍:中村丁次 栄養の基本がわかる図解辞典 成美堂出版 2022
書籍:山田晴子他 かみやすい飲み込みやすい食事の工夫 女子栄養大学出版部 2012
伊藤 鈴美Suzumi ito
プロフィール
女子栄養大学卒業、食品会社研究開発、調理師養成施設教員、クリニック栄養指導などを経て2007年~2020年までベネッセスタイルケア食事サービス企画部にてホームの食事・栄養関連の管理業務に従事。その後フリーランスとしてレシピ開発、コラム執筆など活動中。